無意識の時間

無意識の時間性について興味がある。意識に近づくにつれ時間の一義性が強まる。その逆は、時間がないというべきか、または時間の方向がぐにゃぐにゃになっているのではないか。没頭や集中や陶酔時には、この両義性とも複雑とも混沌とも無時間ともいえる世界を体験しているのではないか。意識上で一時間だったものが、無意識下では一秒であるかもしれない(価値として等価という意味)。夢も思想が圧縮されているものだから、AIのはやる今日では、無意識の意義と潜在能力は徐々に注目を集めるであろう。